最新.5-7『膝蹴り食らった先の、死ねる泥』


『――警告――』


・今パートは、読む方によっては不快になられるであろう要素を含みます。
・暴力的描写、差別的描写を含み、そういった描写を不快に感じる方は回避を推奨します。


時間は数分遡る。

剣狼I「クソ、これじゃ進めねぇ!」

剣狼K「どうすればいいんだ!」

隊員Cと支援Aの陣取る岩場から少し離れた場所で、地形に身を隠して銃火をしのぐ剣狼隊の傭兵達の姿があった。一度態勢を整えるため、剣狼隊長の命により後方へと引いた剣狼隊の傭兵達。だったが、そのクラレティエ当人がなかなか戻らず、彼女の身を案じた傭兵達は、隊の一部を応援のために先立って差し向けた。
しかし差し向けられた応援の傭兵達は今、隊員C等によって進路を妨害され、剣狼隊長の元にたどり着けずにいた。

剣狼B「えーい、鬱陶しいなぁ!」

剣狼C「これをなんとか潜り抜けないと、隊長の元にたどり着けないぜ!」

剣狼A「隊長みたいに、敵の攻撃を跳ね除けて突っ込めればいいんだけど……」

物陰の端には、剣狼Bや剣狼C、剣狼Aといった若手の傭兵達の姿もある。彼等もまたクラレティエの身を案じて舞い戻り、そしてこの場で足止めを受けていた。

剣獣人A「ちょっと、あんたら一体何をやってんだい!」

攻めあぐねていた傭兵達の背後から声が響く。そして同時に、二人分の人影がその場に駆けこんで来た。

剣狼I「剣獣人A!それに剣獣人B!」

現れたのは二人の女傭兵。両者とも、他の傭兵達と同じ特徴的な黒い服を纏っていたが、彼女達の体には、それ以上に目を引く部分があった。
剣獣人Aという、最初に声を発した女の頭部には白色の狼の耳が、その後ろにたたずむ剣獣人Bという女傭兵には、黒に近いグレーの狼耳が生えていた。そして、それぞれの首元は、耳と同色の毛で覆われ、服の腰の部分に開けられた隙間からは、同色の尻尾が覗いている。両者は共に狼の獣人だった。

剣獣人A「隊長が一人で戦ってるかもしれないってのに、何をこんな所でクズグズしてんのさ!」

剣狼I「奴らの放ってくる鏃のせいで、前に進めねえんだ!」

剣獣人Aの怒り声に、相手の傭兵は物陰から進行方向を指し示す。開けた場所では銃火が飛び交い、地面には数人の傭兵達の亡骸が見えた。

剣狼I「もう何人か餌食になった。下手に飛び出したら、串刺しにされちまう!」

剣獣人A「まったく、だらしない男たちだねぇ……!

あんたらには任せておけない、あたしが突っ込んで敵を片づける」
状況に痺れを切らした剣獣人Aは、勢いよく抜剣し、敵のいる方向を睨んだ。

剣狼B「そっか!剣獣人Aの姐さんの速さなら、あの中を駆け抜けられる!」

剣獣人Aの言葉とその姿に、剣狼B達若い傭兵は沸き立った。

剣獣人A「剣獣人B、いつも通り≠ノやるよ!」

剣獣人B「分かったわ」

剣獣人Aの威勢の良い声に、相方の剣獣人Bは微かに笑みを作って静かに答える。相棒同士となって長い彼女等は打ち合わせ、たった一言言葉を交わしただけで完了した。

剣獣人A「坊主たち!」

相方との意思疎通を終えると、剣獣人Aはヨウヤ達若い傭兵に振り向き、声を上げる。

剣獣人A「敵の目があたし等に向いてる隙に、坊主たちは隊長の所まで行きな!特になついてるあんた達が行けば、隊長も喜ぶだろうさ」

剣狼A「はい!」

剣狼B「了解、姐さん!」

剣獣人Aの言葉に、剣狼Aや剣狼Bは意気揚々と返事を返す。

剣獣人A「良い返事だよ。よし、ちょいと行ってみようかね!」

若い傭兵達の返事に気をよくした剣獣人Aは、白い尻尾をファサリと揺らす。そして物陰から飛び出し、敵のいる方向に向かって駆けだした。



隊員Cと支援Aは周辺の岩場や小さな崖を遮蔽物を利用し、時に身を隠し時に飛び越えと周囲を縦横無尽に動き回りながら、突破を試みようとする傭兵達の妨害を続けていた。

隊員C「チッ、また一匹!支援A、お前の方向だッ!」

遠方の地形の影から一人の傭兵が姿を現し、こちらに向けて直進して来る。その姿を見留めた隊員Cは、少し離れた場所で陣取る支援Aに向けて叫ぶ。

支援A「よっしゃあ、ご案内だなぁ!」

支援Aは直進して来る敵影を確認すると、MINIMI軽機の銃口を向け、引き金を引いた。放たれた弾頭の群れが傭兵へと襲い掛かる。しかし着弾する直前に、傭兵は軽やかに飛び上がった。そして全ての弾頭は空を切り、明後日の方向へと飛んで行った。

支援A「ファオ!?」

傭兵は空中で一回転して着地すると、すかさず駆け出しこちらへと迫る。支援Aは驚きの声を上げながらも、敵の姿を追いかけ、発砲を続ける。しかし傭兵は上下左右へステップを頻繁に行い、こちら狙いを翻弄しながら着実にこちらへと迫っていた。

支援A「でへー!敵ちゃん、動き早えぞ!」

隊員C「一々狙うな!正面全域にばら撒きまくれェッ!」

隊員Cは支援Aに指示を飛ばしながら、最初に装備を集積した岩場の影に滑り込み、岩に立てかけてあったカールグスタフ無反動砲を掴む。無反動砲を構え、接近する傭兵とその周囲を照準内に覗くと、微調整もそこそこに隊員Cはトリガーを引いた。装填されていた榴弾が撃ち出され、隊員Cの背後にバックブラストが噴き出す。榴弾は傭兵の進行方向に着弾し、爆炎を上げた。

隊員C「どうよ?どうなったよ?」

隊員Cは目を凝らして着弾地点を睨む。煙が掻き消え、そこから敵の亡骸が現れる事を祈りながら。

しかし次の瞬間、傭兵は煙の中から勢いよく飛び出してきた。致命傷を負った様子は無く、傭兵は衰えぬ素早さでこちらに向かって接近続ける。

隊員C「ケッ!なこったろうと思ったよ。支援A、ありゃあ少しヤバそうだぞッ!」

隊員Cは悪態を吐き出し、同時に支援Aに向けて警告を発する。

支援A「どうするべー、隊員C?なんぞ他のプランを考えるかぁ?」

隊員C「いや、もちっとばら撒け。距離が縮まりゃ、当たるかもしんねぇ」

敵傭兵はみるみる距離を縮めて来るが、それは同時に速度と威力の衰えぬ弾頭に晒される事を意味する。隊員Cは近距離で傭兵が被弾することを期待し、射撃継続の指示を出した。

支援A「オーイェーッ!」

陽気に軽機を撃ち続ける支援Aと、接近を続ける敵影を交互に見ながら、隊員Cは無反動砲を投げ捨て、下げていた小銃を手繰り寄せる。敵の予測進行方向に銃口を向けて構えると、三点制限点射に設定された小銃の引き金を引いた。射線が交わり、十字砲火が形を成す。
一方、攻撃が二方向からになった事を察し、傭兵は速度を上げた。進行方向は支援Aの陣取る岩場、肉薄攻撃の対象を彼に定めていた。
支援Aの元へ肉薄を許す前に敵を止めるため、隊員Cは死に物狂いで引き金を幾度も絞る。しかし獣人は十字砲火の交点を巧みにくぐり抜け、どんどん距離を詰める。

隊員C「ッ!」

だが直後、一発が傭兵の足元を掠める、傭兵は微かにバランスを崩した。それはほんの一瞬の出来事で、傭兵はすぐさま体制を立て直す。
しかし隊員Cはそれを見逃さず、接近と弾速の上昇に、傭兵にも余裕が無い事に気が付いた。あと一歩だと思った隊員Cだが、しかしそのタイミングで、小銃の弾倉が空になった。

隊員C「でぇ糞、リロードする!支援A、お前は撃ち続けろ!奴も余裕はねぇみてぇだ、どーにか当てろ!」

支援A「と、行きてーんだけどよ竹しゃぁん。俺の方もそろそろリロードしねぇとやべーんだわぁ!」

隊員C「あぁ!?」

緊張感の無いふざけた声で言う支援Aに、対する隊員Cはこめかみに青筋を浮かべて声を上げる。今、支援Aの軽機が弾切れを起こせば、そのまま肉薄されるのは必須だ。

支援A「こりゃあ、ヒットが先か弾切れが先かの勝負だぜぇ!ウィーーッ!」

隊員C「はしゃいでんじゃねぇ!ダボかお前は!ゲボクソだぜ――」

隊員Cは緊張感の無い支援Aに罵倒の言葉を送りつつ、足元に置かれた予備弾倉を拾い上げて、弾倉の交換にかかる。
その隊員Cの背後に、忍び寄る女の姿があった。



一人の女が、隊員Cの陣取る岩場の背後に、ふわりと降り立った。漆黒の服と、体の各所を覆う黒に近い灰色の毛により、その姿は暗闇に溶け込んでいる。

剣獣人B(――みつけたわ)

その正体は、剣獣人Aの相方のもう一人の獣人、剣獣人Bだ。
素早く、過激な立ち回りを得意とする剣獣人Aに対し、剣獣人Bは隠密行動を得意する傭兵だ。剣獣人Aが敵の正面で暴れている隙に、剣獣人Bが背後に回り、両者の挟撃によって敵を無力化する。要点突破の際に、二人が好んで行う戦法だった。
隊員Cの姿を確認し、接近を始める剣獣人B。狼獣人特有の素早い動きを見せる剣獣人Bだが、その際、足音を始めとする物音は一切上がっていない。それは彼女の卓越した身のこなしによるものだった。加えて、サイル・コーティと呼ばれる気配を希薄にする魔法の効果も相まり、音も気配も立てずに動く彼女の姿は、まるで幽霊を思わせた。

剣獣人B(まったく、いけないおいたする子がいたものね……隊長に楯突いた上、頼りにならないとはいえ、仲間にも手を出すなんて)

音も立てずに接近を続けながら、剣獣人Bは心の中でそんな事を呟く。

剣獣人B (でも、くすす――そんなおいたもここで終わり。あなたはこの手の刃の餌食になるの)

心の中で加虐的に笑う剣獣人B。獲物を目の前に彼女の口許は緩み、狼の尻尾は音を抑えつつも、ゆらりゆらりと揺れて彼女の興奮を現していた。そして剣獣人Bは艶めかしく、しかし目にも止まらぬ動きで、隊員Cの背後まで急接近。

剣獣人B(さぁ、凄惨な悲鳴で、私を喜ばせて――)

怪しい笑みを浮かべながら、隊員Cの半身へ両腕をぬるりと回す剣獣人B。そしてそのダガーの切っ先を、隊員Cの首元へと突き立てる――

剣獣人B「――ごぉぼッ!?」

しかしダガーの切っ先が隊員Cの喉を貫く前に、剣獣人Bの口から鈍い悲鳴が漏れた。そして彼女は口から胃液が吐き出し、耳や尻尾の毛を逆立てる。
剣獣人Bの鳩尾には、後方に突き出された隊員Cの肘がめり込んでいた。

剣獣人B(ぉごぉ……ぇ、なん――?)

目を見開き舌を突き出し、腹に走る鈍痛に意識を持っていかれながらも、剣獣人Bは脳裏に疑問が浮かべる。奇襲は成功したはずだった。
実際、敵は剣獣人Bが背後に立ってなお、彼女の存在に気付く様子すらなく、そのままダガーの餌食となる事は確実だった。しかし現実にはダガーは敵の首元に届かず、逆に彼女の腹部に肘による打撃が加えられている。

隊員C「気付くわッ!んなもんッ!」

そして苦痛と困惑の中にある剣獣人Bの耳に、隊員Cの怒声が響いた。



隊員Cの肘は、見事に剣獣人Bの鳩尾に命中した。
命中と同時に罵倒を飛ばした隊員Cは、続けて、鳩尾にめり込む肘を支点に、その右腕をバネ仕掛けのように振り上げて、追撃の拳骨を放つ。

剣獣人B「ブギュィッ!?」

拳骨は剣獣人Bの顔面に直撃し、彼女は悲鳴を上げて上体をもんどりを打つ。その隙に隊員Cは腰のホルスターに手を伸ばし、そこに収まる拳銃を掴み、引き抜く。そして振り向くこともせずに銃口だけを後ろへと向け、引き金にかかる指に力を込めた。

剣獣人B「びゃぇッ!?」

銃声と共に悲鳴が上がる。
撃ち出された9mm弾は剣獣人Bは顔面に命中。彼女の片目と脳漿を飛び散らせた。そして支えの力を失った彼女の体は、背後へゆっくりと倒れてゆき、雨で濡れた地面にドサリと倒れ込んだ。彼女の体は少しの間、手から足、果ては尻尾や耳までもをビクビクと痙攣させていたが、やがて完全に動かなくなった。

隊員C「殺意がダダ漏れなんだよ、嫌でも気づくわボゲェ!」

一連の行動を終えるた隊員Cは、そこで初めて背後に振り向き、倒れた剣獣人Bに向けて吐き捨てるように言った。
剣獣人Bの身のこなしと魔法の組み合わせによる隠密行動は、決して最初から隊員Cにばれていたわけではなかった。 実際、隊員Cは剣獣人Bがダガーを己の首筋に向けるその瞬間まで、彼女の接近に気付けなかった。しかしダガーが首元に突き立てられようとする直前、己に向けられた殺意から脅威の接近を直感的に察知し、モーションを起こしたことが隊員Cの勝因となった。

隊員C「しかしだ……コイツ、気配や音は完全に消してやがった。こいつも摩訶不思議な魔法ちゃんか?」

撃退には成功した物の、警戒していたにもかかわらず背後に回り込まれ、接近を許したことに冷や汗をかきつつ、隊員Cは横たわる獣人女の死体を訝し気に観察する。

隊員C「ついでのおまけに耳尻尾付きと来た、意味不明にも程が――」

しかし直後、隊員Cは別方向での動きを察知し、そちらの上空へ視線を向ける。そこで目に飛び込んで来た光景に、隊員Cは思わず「げ!」と濁った声を上げた。彼が陣取る場所を避けるように飛びぬけてゆく、5〜6名程の人影がそこにあったからだ。

隊員C「やべぇッ、連中の本命はこれかッ!」

足元で横たわる獣人女の奇襲が、上空を通り過ぎてゆく傭兵達のための陽動なのだと理解し、隊員Cは悪態を吐いた。
そして同時に、追いかけて排除しなければという考えが、隊員Cの脳裏をよぎる。しかし振り返って見れば、突撃を慣行して来た先の傭兵は、すでにこちらの懐にまで潜り込み、支援Aと白兵戦状態にあった。

隊員C「……チッ!」

それを見た隊員Cは傭兵の追撃を断念し、舌打ちをすると同意に支援Aの方へと駆け出した。



剣獣人A「らぁッ!このッ!」

支援A「フォゥッ!危ねえぇッ!」

支援Aは獣人傭兵の剣獣人Aと白兵戦を繰り広げていた。正確には剣獣人Aが一方的に剣を振り回し、支援Aは回避に徹している状況だ。

支援A「ファーオ!ハッスルしてるなビーストちゃぁん!」

剣獣人A「このデカブツ!見た目の割にちょこまかと!」

しかし状況に反して、支援Aは薄ら笑いを浮かべて悠長に剣獣人Aを煽っている。

剣獣人A「こんのぉッ!大人しく切られなッ!」

対する剣獣人Aは優勢にもかかわらず、その表情に焦りと苛立ちを浮かべていた。先程から放つ剣撃を軒並み回避され、一太刀も浴びせられていない事が、彼女の焦燥の原因だった。支援Aはその巨体に似合わぬ俊敏さで、半身を捻り、跳躍を混ぜ込み、剣獣人Aの放つ剣撃を確実に回避してゆく。
剣獣人Aはこれまでの戦いでも、自身よりも体躯や力に勝る男やモンスターを、得意の剣技と身のこなしで幾度も打倒してきており、それが彼女の自慢でもあった。しかし破格の巨体からは想像のできない機敏さで、小馬鹿にするように剣撃をよけ続ける、目の前の得体の知れない存在は、剣獣人Aのプライドを逆なでした。

剣獣人A「クソッ、バカにして!このオークもどきッ! 」

支援A「ウォーウッ!スリリングだぜぇ!」

苛立ちの声と共に、首を狙って横に薙ぎ払われた剣撃。しかし支援Aは上体を反らして回避して見せる。

支援A(ゆーて、困ったちゃん。このままじゃジリ貧乏だぜ)

持ち前のセンスを活かして見事に回避を続ける支援Aだが、次の一手を決めかねていた。
剣獣人Aは苛立っているもののその動きは警戒であり、今の不安定な状況からヘタに攻勢に出れば、隙を見せる事になるだろう。
片手間に剣撃を回避しながら、周囲に目を配りつつ考えを巡らせていた 支援Aだったが、

支援A (んー………やるべぇ)

しかし何度目かの剣撃を避けた所で、支援Aは行動に出た。

支援A「さぁワンちゃん!遊びはここまでだッ!」

大げさに言葉を発しながら、地面を踏めしめて後退の動作を停止。両手を大きく広げて、剣獣人Aを捕まえようと襲い掛かった。しかしその動作は無駄な振りが多く、お世辞にも軽快な動作とは言えない代物だ。

支援A「ヲウ!?」

そして支援Aは驚きの声を上げる。
案の定、剣獣人Aは襲い掛かって来た支援Aに即座に反応。真上に跳躍し、支援Aの腕からするりと逃れてみせた。

剣獣人A「ふふん!そんなトロイの、食らうもんかい!」

中空で不敵な笑みを浮かべながら発する剣獣人A。
それまでの機敏な回避運動と打って変わった、無駄の多く粗だらけの攻撃を回避することは、彼女にとって造作も無い事だった」

剣獣人A「ちょっとはチョコマカ動けるみたいだけど、結局それだけの単純野郎かい。所詮、男なんてこんなもんさッ!」

支援Aの体は復元が間に合わずに大きな隙を見せ、剣獣人Aにとって絶好のチャンスが現れる。

剣獣人A「ほうら!できるもんなら、こいつを避けてみな――!」

勇ましい掛け声と共に、剣獣人Aは支援A目がけて愛用の剱を振り降ろした。無駄のない軌道を描いた剣が、支援Aの胴を両断する――

剣獣人A「ぁ――ぎゃびぇぼッ!?」

事は無かった。
剣の刃が多気体投の体へと届くその前に、剣獣人Aの横顔を衝撃と鈍痛が襲い、彼女の口からは名状し難い悲鳴が上がる。

隊員C「ウッゼんだよォッ!主に発言がッ!!」

そして剣獣人Aの姿に重なるように、中空で剣獣人Aの横顔に膝を叩き込む隊員Cの姿があった。
顔の真横、頬付近から膝蹴りを叩き込まれた剣獣人A。その唇は衝撃で裏側が見える程に揺れて歪み、頬の肉が盛り上がってキリっとした目元を不細工に変え、おまけに白目を剥いている。見るも無残な姿を晒しながら、剣獣人Aは支援Aの直上から吹っ飛ばされ、そのままの勢いでうつ伏せに地面へと突っ込んだ。

剣獣人A「びぇびゅぼッ!?」

そしてほぼ同時に、隊員Cは地面に叩きつけられた剣獣人Aに上に着地して見せる。隊員Cの左右の足が、まるでスケートボードにでも乗るかのように、剣獣人Aの頭と胴をそれぞれ踏みつけ、踏みつけられた剣獣人Aは妙な声を上げ、尻尾と耳をビクリと跳ね上げて全身の毛を逆立てた。

支援A「フゥッ、ナーイス」

一方、うまくバランスを取り直し、姿勢を復元させた支援Aは、ニヤけた表情とふざけた口調で賞賛の言葉を口にした。
支援Aの狙いはこれだった。
こちらへと向かってくる隊員Cに気付いた彼は、わざと粗の多く隙だらけの動きで囮となり、剣獣人Aの注意を引き付けたのだ。一歩違えば本当に両断されていたかもしれなかったが、目論見は成功し、剣獣人Aは隊員Cの襲撃を諸にその身に受けることとなった。

剣獣人A「ぶぅ……!ぐぅッ!」

強烈な一撃を受けた挙句、泥と化しつつある地面にカエルのように踏みつけられた剣獣人A。しかし人よりも強靭な体と、野生の闘争本能を持つ獣人はなおも抵抗しようともがいている。だがその時、彼女の後頭部にゴリと拳銃の先端が突き付けられる。
そして数発分の発砲音が木霊した。
拳銃弾が立て続けに後頭部から撃ち込まれ、剣獣人Aの後頭部からブシュ、ブシュっと何度も血飛沫が上がる。剣獣人Aはほんの一瞬、ビクリと体を硬直させ、そして顔面を濡れた地面にべちゃりと落とす。それは彼女が絶命した証に他ならなかった。

隊員C「ッ――あんだこの糞うぜぇエセフェミみてえなのは!?」

剣獣人Aの絶命を確認し、薄い煙の上がる自身の拳銃を標的の後頭部から放すと、隊員Cはこめかみに青筋を立てながら吐き捨てた。

支援A「ヴぉへーっ、相変わらず容赦ねぇなあ」

隊員C「ぺっ、こんな気色悪ぃ奴にしてやる必要はねぇよ!それよかお前よぉ、危ねぇ真似してんじゃねぇ!」

支援A「悪ぃ悪ぃ、でもおめぇがナイスタイミングでぶっ飛んで来たしオールオーケーだろぉ?」

隊員Cは自らを囮にした支援Aの行為を咎めるも、支援Aは悪びれる様子も無く、いい笑顔で言ってのける。それを見た隊員Cは起こる気も失せたのか「ったく……」とため息交じりの言葉を漏らした。

支援A「よぉ、ところでこのビーストちゃん、内で拾った狼ちゃんと同類じゃねぇか?敵にも現れるたぁ、諸行無常だぜぇ」

支援Aは剣獣人Aの体を、わざわざ両手の指先で指さしながら、その姿に似合わぬしみじみとした表情を作る。

隊員C「どうでもいい。それよか聞け、コイツ等は陽動だ。コイツ等と遊んでる隙を突かれて、自由等の方向に敵が数匹こぼれたぞ」

支援A「アウ!そりゃ追わねぇとまずくねぇか?」

隊員C「無理だな、見ろ」

隊員Cは拳銃に新しい弾倉を装填しながら、岩場の向こうを顎でしゃくる。剣獣人A達の突撃する姿に当てられたのか、隠れていた傭兵達が次々飛び出してくる様子が見えた。

支援A「おーう、アイドルの追っかけちゃん達がムラムラきちまったみてぇだな!」

隊員C「あれ全部ダダ漏れにしたら、自由がうぜぇぞ」

支援A「じゃあ通せんぼして、通っちゃメッ≠チてしねぇとなぁ!」

隊員Cと支援Aは再び近くの岩場に身を隠し、散らかった装備をかき集めて態勢を整える。

隊員C「支援A、お前はとりあえず周辺にばら撒いて牽制しろ。俺は自由にこぼれた奴等の事を伝える」

支援Aに指示を伝えると、隊員Cはインカムのスイッチを入れた。


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